寄り回り波の名称について
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☆1999年5月 海難防止研修読本「必読北陸の海難に学ぶ」
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藤井家古文書
(1864年,幕末)
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気象雑篇1巻
(1919年12月,大正8年)
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北陸タイムス
(1935年11月13日,昭和10年)
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伏木測候所気象雑篇1巻
「南西暴風の吹き荒み其鎮静に帰したる後ち
突如高波が殺到するから俗に寄り回りと云う」
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☆1981年10月17日読売新聞
瀧内俊郎(富山県河川課課長代理):
寄り回り波の被害調査担当
「時間差攻撃が寄り回り波という
名前の語源にもなっている」
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☆高波が散在的に存在し,来襲時間に差がある
ことに由来?
(北日本新聞夕刊,1981年 9月29日)
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☆幕末に寄廻り高波と呼ばれていた理由(河合説)
・1864年頃に寄廻り高波と呼んだ理由は不明
(富山湾の海難と寄り回り波:吉田清三著)
・藤井家は自ら北前船を所有する廻船問屋(能登屋)
北前船の船乗りとも関係が深かった
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廻船問屋(旧秋元家)
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対馬海流
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・寄る:波が岸に近づく
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浜辺の歌(作詞:林古渓,作曲:成田為三)
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ しのばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も かいの色も
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波長200m以上のうねりは、3km程度沖合(水深100m程度)
から屈折しはじめる
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<寄廻り高波>
うねりが沿岸に近づくにつれて向きを変え高くなる様子
を名称にした
「沿岸に寄りながら回り高くなる波」→「寄廻り高波」
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船乗りが、
うねりは沿岸に近づくにつれて波向きを変え、波高が増す
ことに気づき、その様子を名称にして後世に伝えた。
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寄り回り波(2008年 2月24日13時,富山商船屋上)
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